ラスト・メモリーズ|曲から生まれた短編小説

はじめに

拙作「ラスト・メモリーズ」という楽曲から生まれた短編小説です。

静かな午後と、
ふいに立ち上がる記憶。
それだけを手がかりに、書きました。

読み終えたあと、
何かが少しだけ残れば嬉しいです。


1. 白い天井の午後

白い天井は、もう何年も前から変わっていない気がした。
実際には何度か塗り替えられているのだろうが、少なくとも彼の記憶の中では、同じ白がずっと続いている。

午後の光が、カーテン越しに薄く広がっていた。
晴れているのか曇っているのか、その違いさえ曖昧だ。ただ、時間だけが静かに進んでいるのが分かる。
進んでいる、というより、減っていく、と言ったほうが正確かもしれない。

胸の奥で、鼓動がひとつ鳴る。
少し間を置いて、またひとつ。
その間隔を、彼は無意識に数えていた。意味はない。ただ、数えることで、まだここにいることを確かめている。

点滴の液が、透明な管を伝って落ちていく。
一滴ずつ、確実に。
その規則正しさが、かえって現実感を遠ざけていた。

身体は重い。
腕を動かそうとすると、指先まで命令が届くのに、少し時間がかかる。
若い頃なら、こんな遅延は考えられなかった。
だが今は、それが普通になってしまっている

「……ああ」

声を出してみると、思っていたよりもかすれていた。
喉が乾いているのか、それとも声帯そのものが疲れているのか、もう区別がつかない。

看護師が来たのは、いつだったか。
さっきだった気もするし、ずいぶん前だった気もする。
名札に書かれた名前を、彼は読んだはずなのに、もう思い出せない。
それに焦りはなかった。ただ、そういうものだと受け入れている自分に、少しだけ驚いた。

この部屋で、彼は「これから先」の話をされなくなった。
検査の予定も、退院の日も、もう語られない。
代わりに語られるのは、「今日」「今夜」「念のため」といった、短い時間の単位だけだ。

それが意味するところを、彼はちゃんと理解している。

怖くない、と言えば嘘になる。
けれど、取り乱すほどの恐怖でもなかった。

不思議なことに、胸を満たしているのは、焦りよりも静けさだった。
長い道のりを歩き切ったあとに、腰を下ろしたような感覚。
やるべきことは、もう思いつかない。

彼は、ゆっくりと手を持ち上げた。
視界に入った自分の手は、まるで他人のもののようだった。

深く刻まれた皺。
重なり合い、枝分かれし、どこまで続いているのか分からない線。

その一本一本が、何かを書き留めた跡のように見えた。
インクはもう薄く、文字も読めない。
けれど、確かにそこに文章があったことだけは分かる。

「……ずいぶん、書いたな」

誰に向けた言葉でもなく、ただ漏れた独り言だった。

そのときだった。

皺の奥から、ふいに、ひとつの景色が浮かび上がってきた。
白ではない色。
病室の匂いとは違う、懐かしい空気。

制服の袖。
触れた指先の温度。

そして——
名前を呼ぶ声。

「……咲良」

声に出した瞬間、天井の白が、ゆっくりと遠ざかっていった。

視界が、ゆっくりと滲んでいく。


2. 雨の中、駅へ

音が先に戻ってきた。
雨粒が、舗道を叩く音。
それに混じって、息を切らしながら走る、自分の足音。

夕立に濡れながら、駅まで走った日があった。

空は急に暗くなり、理由もなく降り出した雨に、二人とも完全に油断していた。
傘を持っていなかったことを、咲良は一瞬だけ悔しそうな顔をして、それからすぐに笑った。

「急げば、間に合うよ」

そう言って走り出す背中を、彼は少し遅れて追いかけた。
制服が雨を吸って重くなり、靴の中まで水が染み込んでくる。
不快なはずなのに、不思議と嫌ではなかった。

傘を忘れたことが、なぜか誇らしかった。
理由は分からない。
ただ、その状況ごと抱えて走っている自分たちが、少し大人びているような気がした。

濡れた前髪を気にもせず、咲良は振り返って笑った。
その笑顔に、特別な意味はなかった。
だからこそ、強く記憶に残ったのかもしれない。

駅までの距離は、普段よりずっと長く感じられた。
それでも、到着してしまえば一瞬だった。
屋根の下に駆け込んだとき、二人とも息を切らし、言葉もなく笑い合った。

あのとき見上げた空の色を、彼は今も覚えている。
雨に滲みながらも、どこか明るい青だった。

手紙も、写真も、残っていない。
当時は、残そうとも思わなかった。
思い出は消えないものだと、疑いもしなかったからだ。

「永遠…」

病室の静けさの中で、彼はそう呟いた。

あの頃は、すべてがそうだった。
放課後も、笑顔も、すれ違った言葉さえも、
いつまでも続くものだと、自然に信じていた。

言葉が噛み合わなくて、泣いた夜もあった。
理由はもう思い出せない。
けれど、泣いたという事実だけが、やけに鮮明だ。

時間が経つと、感情は角を失う。
痛みは丸くなり、記憶の奥で静かに光る。
今となっては、その夜さえも、柔らかい。

言えなかった「好きだよ」、
ずっと胸の奥にしまわれたままだ。

取り出さなかったからこそ、
すり減ることも、壊れることもなかった。
言葉にならなかった想いは、
温度を失わずに、そこに残り続けている。

それでよかったのだと、今は思える。

もし、あのとき言葉にしていたら、
この記憶は、もっと別の形になっていたかもしれない。
そして、彼自身も、違う人生を歩いていたかもしれない。

それでも。

ここまで生きてこられたのは、
胸の奥に、あの想いを静かに抱えていたからだと、
彼は思った。


3. 光の手前

雨の音が、いつの間にか聞こえなくなっていた。
さっきまで確かにあったはずの、舗道を叩く細かな音が、
記憶の底に沈むように、静かに遠ざかっていく。

代わりに、あたたかい風が吹いた。

病室に風が入るはずはない。
それでも彼は、確かにそれを感じた。
肌を撫でるような、季節の境目に吹く風。
冷たさも、重さもない。

視界が、ゆっくりと滲んでいく。
輪郭がほどけ、色が混ざり合い、
世界がひとつの光に近づいていく。

不思議と、息苦しさはなかった。
身体のどこにも、力が入らない。
それなのに、苦しさはなく、
ただ、長く背負っていた荷物を下ろしたような感覚だけが残っていた。

胸の奥で、何かがほどける。

終わりだ、という実感は、はっきりとは訪れなかった。
代わりに、
この先に何かが続いている、という気配だけがあった。

それは希望というほど強いものではない。
けれど、拒む理由もなかった。

終わりの向こうに、
新しい朝があるような気がした。

彼は、目を閉じた。

「ありがとう……」

誰に向けた言葉なのか、自分でも分からない。
人か、時間か、それとも記憶そのものか。

「……さよなら」

声は、ほとんど音にならなかった。
言葉は、光の中で形を失い、
そのまま溶けていった。

白が、すべてを包み込む。

境目はなかった。
意識が消えたのか、
世界が消えたのかも、分からない。

ただ、静けさだけがあった。


4. 放課後の声

「……もう、起きなよ」

声がした。

まぶたを持ち上げると、逆光の中に誰かが立っている。
輪郭が少しだけ滲んで見えるのは、光のせいなのか、それとも眠気のせいなのか分からない。

懐かしい声だった。
少し呆れたようで、でも、どこかやさしい。

放課後の教室。
窓は開け放たれ、カーテンがゆっくりと揺れている。
机に伏せていた腕が、やけに軽かった。

「なに泣いてるの?」

顔を覗き込んできた咲良が、くすっと笑う。

彼は、そこで初めて、自分の頬が濡れていることに気づいた。
指で触れると、確かに涙の跡が残っている。

「……なんでもない」

そう答えようとして、声が少しだけ揺れた。
理由は分からない。
ただ、胸の奥が、静かに波打っていた。

咲良は、それ以上何も聞かなかった。
ただ、いつものように肩をすくめて、立ち上がる。

教室の外では、部活動の声が遠くに響いている。
夕方の空は、まだ高く、青い。

「ほら、帰ろ」

その一言が、当たり前のように差し出される。

彼は立ち上がり、鞄を手に取った。
歩き出すと、床の感触が足裏にきちんと伝わってくる。
今ここにいる、という実感が、遅れて追いついてきた。

胸の奥で、小さく何かがほどける。

理由は、分からないままでいい。
言葉にする必要もなかった。

ただ、彼は前を向いて、
咲良の隣を歩き出した。


ラスト・メモリーズ

静かな午後の日が
白い天井を染めて
遠ざかる鼓動の中
ふいに君が浮かぶ
制服の袖越しに
触れた手のぬくもり
名前を呼ぶ声が
今も耳に残ってる

あの頃は全てがそう
永遠だと思ってた
すれ違う言葉に
泣いた夜もあったね

空の下
音が胸に響いて
一番大切だった
季節が今も
滲む視界の向こうで
微笑んでいる
ありがとう さよなら
またいつか
Last Memories

夕立に濡れながら
駅まで走った日
傘を忘れたことさえ
嬉しかったんだ
手紙も写真もない
けど心に残る
君と見た空だけが
今も青く続いてる

言えなかった「好きだよ」
胸に抱いたままで
だけど
それでよかった気もしてる

空の上
涙のような雨が
暖かい風と共に
そっと過ぎ去り
終わりの向こうにある
新しい朝へ
ありがとう さよなら
またいつか
Last Memories

覗いた手のひらに
深く刻まれた皺
その中に書き込まれた
最後の一節
どうせすぐに消えて
なくなってしまうけれど
それでいいんだ
それでいいんだ

Last Memories
心の声が聞こえる
「またどこかで会おうね」
そんな気がする
命が静かに今
光へ溶けても
君の笑み 忘れない
またいつか
Last Memories

Bluepiece  Lab.「ラスト・メモリーズ」歌詞

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AIを使ったクリエイティブを行うプロジェクト。
音楽や小説を中心に、作品全体を「ひとつの物語」として構築することにこだわっています。
技術よりも感情、効率よりも余韻を大切に制作しています。

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