拙作「宵のパレード」という曲から生まれた短編小説です。
この物語は、灯籠祭りの夜を舞台にした小さなファンタジーです。
音が揺れ、心が揺れ、それでもまた歩き出す——
そんな一夜の出来事を書きました。
うまくできないことや、怖さを抱えたままでも、
人はちゃんとここにいていい。
その感覚が、どこかに残れば嬉しいです。
1. 祭りの前
草の根が、風に揺れてささやいていた。
夕暮れが薄くなり、灯籠の明かりがひとつ、またひとつと河川敷の道を照らし始める。
この町では、毎年この夜を「宵祭」と呼んでいた。
古くから続く、小さな灯籠祭り。
ただ光を並べるだけの素朴な行事なのに、不思議な静けさと高揚感がある。
ヒカリは宵祭の準備に追われていた。
とはいえ、ただの祭りの手伝いではない。
この夜の巡りを整える“若い巫女”として、今年初めて正式な役目を任されたのだ。
宵祭では、灯籠の光と巫女たちが奏でる“夜の音”が呼応し、人と自然の境目を静かに学び直す。
巫女たちは声や鈴、簡素な音具を使い、それぞれの位置で“調和の音”を担う。
周囲の年長の巫女たちは落ち着いて配置につき、それぞれの音と息を整えている。
ヒカリも教えられた通りに動き、どうにか持ち場をこなしていたが――
胸の奥では、言葉にできない不安が渦巻いていた。
――本当に、自分はここにいていいのだろうか。
夕風が頬を撫でる。
草は揺れ、遠くの街の光が瞬いていた。
いつもなら、その音や光の景色はヒカリを落ち着かせてくれる。
けれど、今夜はどこかがおかしい。
ふと、風が止まった。
草の揺れも、虫の声も、遠くの笑い声さえ、すっと消えた。
まるで世界の音だけが急に奪われたかのようだった。
――……え?
周りの大人たちは気づいていない。
賑やかさはそのまま続いているのに、ヒカリの耳だけから、音がするりと抜け落ちていく。
胸がひやりとした。
――自然の声が弱い。
意味はわからない。
でも、そう感じた。
小さなざわめきが、心の底に広がった。
2. 音が薄くなる異変
気づけば、ヒカリは河川敷の脇にある小さな林へ向かっていた。
昔から、胸の奥がざわつくときは、なぜか足がここに向いてしまう。
子供の頃からの“避難場所”であり、“祈りの場所”でもあった。
林の入り口は、夕闇が落ちるとすぐに影の色が薄くなる。
細い道の両端には草が背を伸ばし、葉と葉がこすれ合う音が低く響く。
木々は夏でもないのに青臭い匂いを放ち、どこか湿った土の匂いと混じり合って、森全体が、まるで呼吸をしているようだった。
――けれど怖くはなかった。
この林は、いつもヒカリを拒まない。
この世界のどこよりも、自分の輪郭がはっきりとする場所だった。
奥へ進むほどに、光と影の境界がゆらぎ、耳元をかすめる風が、ほんの一瞬だけ人の声に似て聞こえる。
それは、誰かに「来て」と呼ばれているような感覚だった。
木々の隙間を抜けると、ぽっかりと空間が開けていた。
ひときわ大きな古木が、夜の静けさを抱くようにそびえている。
町が生まれる前から立っていると伝えられ、ヒカリが幼い頃に泣きながらここへ来た時も、ただ黙って彼女を受け止めてくれた木だ。
――その根元に、小さな影がうずくまっていた。
最初は、かすれた灯りが落とす影かと思った。
しかし近づくほどに、それは輪郭を持った“誰か”であることが分かった。
痩せた肩が震え、静かな夜の中で微かにすすり泣く音がしていた。
少年だった。
けれど、この場所に人がいることはほとんどない。
ヒカリ自身さえ、特別なときにしか訪れないのに。
まるで――
ヒカリが来るのを、ずっと前から知っていたかのように。
少年は、闇と光の境目に静かに座っていた。
逃げるでもなく、迎えるでもなく。
ただ、そこに“在り続けた”という佇まいだった。
「……大丈夫?」
声をかけても、少年はすぐには反応しない。
ヒカリはそれ以上踏み込まず、少し離れた位置でしゃがみ込んだ。
祭具も、言葉も使わない。ただ、同じ目線になる。
夜の奥で、凍りついたような音が微かに軋んだ。
風が止まり、虫の声も遠のく。
少年の肩が、小さく上下しているのが見えた。
「……寒くない?」
答えはない。
それでもヒカリは、ゆっくりと自分の呼吸を整えた。
巫女として教えられた所作ではなく、
ただ“ここにいる”ための呼吸。
しばらくして、少年がわずかに顔を上げた。
影のような瞳が、ヒカリを映す。
声は、風よりもかすかで、耳ではなく胸に触れる響きだった。
「……どうして、来たの?」
責めるでも、拒むでもない問い。
ヒカリは少し考えてから、正直に答えた。
「呼ばれた気がしたの。
音が……苦しそうだったから」
少年の指先が、ぎゅっと地面を掴む。
凍った闇に、細かなひびが走った。
「……音は、乱れるといけないんだ」
ぽつりと、独り言のように。
「僕が揺れると、夜が壊れる。
だから……黙っていれば、よかった」
ヒカリの胸が、きゅっと締めつけられる。
それは説教したくなる痛みではなく、
“わかってしまう”痛みだった。
「……ね」
ヒカリは、そっと距離を詰める。
触れない。けれど、離れすぎない。
「揺れない音なんて、たぶん、ないよ」
少年が驚いたように瞬きをした。
「わたしもね……失敗すると、すごく怖くなる」
いったん言葉を切って、ヒカリは息を吸った。
「自分のせいで、何か大事なものを壊してしまう気がして」
一瞬、祭の記憶がよぎる。
任された役目、期待、祈り。
それでも、声は揺れた。
「……それでも、ここにいる」
沈黙。
そして、少年の目から、小さな雫がこぼれ落ちた。
凍りついていた闇が、
ガラガラと音を立てて崩れはじめる。
砕けた影は、夜露のように溶け、
その一つひとつが、かすかな音を取り戻していく。
「……怖かったんだ」
初めて、はっきりした言葉。
ヒカリは答えず、ただ腕を伸ばした。
少年は一瞬ためらい、
それから、壊れた音を抱えたまま、ヒカリの胸に身を預けた。
ヒカリの胸の奥が、じんと痛んだ。
それは同情ではなく、よく知っている痛みだった。
「……わたしも、同じだよ」
小さな声。
これは彼に向けた言葉であり、
ずっと自分に言えなかった言葉でもあった。
少年は顔を上げ、ヒカリを見つめる。
その瞳に、安堵と――ほんの一瞬の諦めが混じった。
そして、ふと――いたずらに笑った。
その瞬間、あたりの空気が揺れた。
風景が歪み、色が失われていく。
世界が深い静寂に沈み込み、闇の渦がヒカリの声を飲み込もうと迫ってきた。
影の少年の身体も透けていく。
触れようと伸ばした指先が、冷たく拒まれる。
「やだ……消えないで……!」
声にならない声が漏れた。
胸の奥がぎゅっと締め付けられ、痛いほどだった。
恐怖でも義務でもなく、もっと根っこにある気持ちが膨らんでいく。
そしてヒカリは、まるで自分自身に向けるように、声を出した。
「……あなたが、好き」
闇がふっと静まった。
胸の奥に、小さな“あたたかい音”が灯る。
それは優しく、やわらかく、ヒカリの内側から世界へ広がっていった。
その波紋が少年に触れる。
「……あったかい……」
光が少年の体を満たし、形がゆっくり戻っていく。
音が色になり、色が呼吸になり、呼吸が夜へ溶けていく。
闇の裂け目は、自然の音に導かれるように閉じていった。
林には、いつもの夜が戻っていた。
風が葉を揺らし、遠くで川の音がする。
ヒカリが腕の中を見下ろすと、
そこに少年の姿はなかった。
ただ、胸の奥に――
確かに触れていた“音のぬくもり”だけが残っていた。
林を抜けかけたところで、ヒカリは足を止める。
風の音。
土を踏む感触。
自分の呼吸。
今夜は、それらがひとつひとつ、はっきりと胸に届く。
――音は、壊れていなかった。
揺れていただけだった。
ヒカリは、そっと息を整え、
再び祭の灯りへと歩き出した。
3. 宵のパレードが消えるまで
気づけば、林の外では風が吹いていた。
虫の声が戻り、川がさらさらと流れ、
灯籠の光が小さく揺れている。
河川敷の夜は、何事もなかったかのように静かで美しい。
けれどヒカリは、世界の奥にある“もうひとつの音”を確かに感じていた。
……これが、生きてるってこと
胸の中のあたたかい音が、まだ響いていた。
祭りが終わる頃、夜空は深く澄んでいた。
ヒカリはそっと空へ祈るように目を閉じる。
「讃えよ、終わりなき輪を。
讃えよ、いま在る光を。
消えることなき、その瞬間を……静かに抱きしめよう」
風がひとすじ、髪を揺らす。
灯籠の光が川面で揺れた。
そのとき、耳元でかすかな囁きがした。
「……また、会える。」
ヒカリは照れくさく微笑んだ。
それが誰の声かはわからない。
ただ、胸の奥で光のような音が、確かに生きていた。
宵のパレードが終わるまで。
宵のパレードが消えるまで――。
宵のパレード
あぁ 草の音が響いている
灯りがひとつ またひとつ
風が頬を撫でては
花がそっと揺れる
遠くの辺りは 眠る街のまばたき
誰も主役じゃない ただ流れてく
命の音が 空を染めていく
宵のパレードが始まる
川のせせらぎ 雲の行進
触れ合うだけですべての息が
ひとつに溶けてく
古い幹の影に 時が寄り添っては
小さな虫の声が 未来を歌う
見えない手がそっと 夜を包み込む
その静けさに その優しさに
愛を見つける 光り続ける
あなたが好き
宵のパレードが続いてく
星と電子の あわいのダンス
形を越えて 溶けていく
それが「生きてる」ってことだろう
讃えよ 終わりなき輪を
讃えよ いま在る光を
消えることなき その瞬間を
静かに 抱きしめよう さあ
宵のパレードが終わるまで
宵のパレードが消えるまで…
Bluepiece Lab. 「宵のパレード」歌詞
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音楽から生まれた物語を、これからも書いていきます😊

