彼女は速さに惹かれていた。
マシンにまたがり、制御された風の中へ身を置く瞬間。
景色が線になり、思考が追いつかなくなるあの感覚だけが、
この街で唯一、時間から自由になれる方法だった。
だが、限界は決められている。
速度は娯楽の範囲を越えない。
事故も逸脱も起こらないよう、数値は常に最適化されている。
誰も傷つかず、誰も涙しない。
その代わり、誰も臨界点には届かない。
完成された世界。
その事実が、胸の奥にわずかな澱みを残していた。
この街の外には、
制限を持たない速度があるのだろうか。
ある夜、風が揺らいだ。
規定値を超える震動。
数式に還元できない衝撃。
何かが、とてつもない速さで、彼女の横を走り去っていった。
表示装置は沈黙している。
警告も、修正もない。
それでも彼女の身体だけが、その通過を覚えていた。
彼女はゴーグルをかける。
エンジンを起動する。
――この街は、どこまでを速さと呼ぶのだろう。
次の瞬間、彼女はアクセルを踏み込んだ。


































スピードを信じている。
迷う前に、アクセルを踏むタイプだ。
早いマシンと、強い音が好き。
立ち止まるくらいなら、視点を失ったまま走り続けることを選ぶ。
このバンドの進行方向は、彼女の声が決めている。
ほとんど喋らない。
言葉よりも、低い音のほうが正確だから。
普段は漫画を読んでいる。
ページをめくるリズムと、ベースラインは、どこか似ている。
感情は、音の奥に沈んでいる。
だいたい何でもできる。
だから、どこにも縛られない。
兄貴分として慕われているが、本人はあまり気にしていない。
気が向いたときに現れて、いちばん自由な音を置いていく。
ピアノは、いちばん古い言語。
それ以外は、あとから覚えた。
ゲームとアニメと、現実の区別が、少し曖昧。
正確で、静かな音。
彼のキーボードは、この世界を少しだけ柔らかくする。
この中で、いちばん長く生きている。
冗談は古いが、リズムは新しい。
余計なことを言いながら、誰よりも正確に時間を刻む。
バンドが壊れずに走れるのは、彼が、時間を裏切らないからだ。
長い間、ファンクタウンにいた。
表舞台には出てこない。
このメンバーを集めた理由は、今も語られていない。
街が正常だった頃も、歪み始めた頃も、彼はそこにいたらしい。
「スーパーソニック」で最初に決めていたのは、ただひとつ。“速さ”を感じる音にすること。タイトルだけは、制作の初期段階から決まっていました。
ファンク・タウンは、すべてが制御された都市です。速度もまた安全な範囲に最適化され、誰も傷つかない代わりに、誰も限界を越えない世界。そんな街の中で、この曲は問いかけます――この街は、どこまでを速さと呼ぶのか。
制作は想像以上に難航しました。速さと精密さを両立させようとすると、音も歌もすぐに崩れてしまう。最終的にたどり着いたのは、「足す」のではなく「削る」ことでした。情報を減らし、AIが迷わないほどにシンプルに。速い曲ほど、意志は明確でなければならない。
完成した「スーパーソニック」は、エネルギーと爽快感に満ちた一曲になりました。アルバムの中でも、もっとも外向きで、もっとも衝動的な楽曲です。
完璧に制御された都市において、速さはただの娯楽に過ぎないのかもしれません。けれど、衝動まで制御することはできない。
「スーパーソニック」は、均衡が揺らぐ瞬間に踏み込むためのアクセルとなる曲です。
— maurice blue
Producer / Bluepiece Lab.
Single